子どもがどハマり!『プレヒストリック・パーク』
子ども(小1男子)が最近どハマりしているDVDがある。
それは『プレヒストリック・パーク 〜絶滅動物を救え!〜』(原題:Prehistorik Park)だ。
子ども向けだから、恐竜に襲われそうになっためちゃ怖い・・・みたいなことがないから、怖いものが苦手な子でも(もちろんパパママも)安心して見ることができる。
内容は、絶滅した生物を保護するために古生代にタイムワープして探し、現代に作った保護施設「プレヒストリックパーク」に連れてくる、というもの。
主人公のナイジェル・マーヴェンは古生物学者で、タイムワープして探す時に生物について色々解説してくれる。
この主人公のナイジェル・マーヴェン、かなり無茶して突っ走るタイプで、なぜ無事なのか疑問になるくらい危ないことをする。しかし絶対大丈夫。ナイジェルが大怪我したりすることはない。
それにナイジェルの見た目はイケメン・・・とは言い難く、ただのオッチャンなのだが、それも安心感(私見だが、ナイジェルは『水曜どうでしょう』の藤村Dに似ている気がする)。
登場する恐竜をはじめとする古生物たち、背景など、かなりレベルが高くて臨場感たっぷり。
それもそのはず。
Amazonに書いてある説明によると
「ウォーキング with ダイナソー」のスタッフ、「ハリー・ポッター」シリーズのVFXスタジオが放つ、迫力満点、驚きの映像でおくる冒険ファミリー・エンタテイメント!!
そりゃレベル高いわ!
子ども向け、ファミリー向けとは言っても、めちゃくちゃ質が高くて、大人も引き込まれる。
DVDは3枚セット、1枚につき2本のお話を収録。
我が家はそれをなんどもリピートしているので、かなり長く楽しんでいる。
西新井ギャラクシティと日本列島7億年
先日の3連休に西新井ギャラクシティ@東京足立区を訪れた。2013年にリニューアルして今の形になったようだが、訪れたのは初めて。
コンサートをする音楽ホールや子ども(乳児から小・中学生くらいまで)が遊べるアスレチックやクライミング、科学を楽しく学べる体験型ルームなどが一緒になった大きな施設だ。
足立区が運営しており、子どもが遊ぶところは一部有料の部分もあるが、ほとんどが無料。
その上、広くてきれいだから、3連休最終日だったがかなり賑わっていた。
アスレチックは30分毎の完全入れ替え制だが、大行列ができており、我が家は今回は断念した。
今回、ここを訪れた目的は「まるちたいけんドーム」というシアター。
プラレタリウムも楽しめるシアターがあり、そこで「新恐竜大進撃」というプログラムをやっていたからだ。
過去にテレビ放送された「NHKスペシャル」の焼き直しだが、大画面、大音量、そして新しい構成となっている。
恐竜は大画面だと迫力がより一層増す。
恐竜の大きさがよりリアルに体験できるからだ。実際、このシアターはプラレタリウム仕様なので上を見上げて画面を見る形になるのだが、そこに恐竜の顔が迫ってくる。
なかなかの迫力だ。
タンバティタンの顔がグイーッと近づいてくる場面では、草食恐竜だとわかっていても鼓動が早まり、怖いと感じてしまった。
ティラノサウルスが「グワガァー」と雄叫びをあげている場面では、「頼むからこっちに来ないで・・・」と思ってしまう。
料金は30分の上映で大人500円、小学生以上の子どもは100円(ちなみに未就学児は無料)。
他の部分の施設利用料がタダなので、当初はちょっと高いと感じてしまったが、期待以上に楽しかったのでお金を払ってよかった。
そして、シアターに入る前に時間があったので立ち寄った学習スペースに「ご自由にお持ちください」と置いてあったのが、
「一家に1枚 日本列島7億年」のポスター。
制作は文部科学省、企画は日本地質学会、監修は東北大学の先生という本格的かつ入門的な内容。
日本列島の地質、地層、地球の歴史、地質年表とB2サイズに内容がみっしり詰まっている。
恐竜を知ると、必然的に地学にも興味が出てくるので、恐竜にはまっている親子にちょうどいい。
ただ、このポスターに書かれている文章の漢字にはルビがないので、専門用語が読めない。その都度、ネットで検索することになる。
漢字が読めないと読む気力が激減することを再認識させられる。
でも、新しい知識が増える感覚が楽しくて、不思議と面倒とは感じない。
しばらくはこのポスターで楽しめそう。
A3版ならダウンロードできるので、ポスターサイズにはならないが入手可能だ。
石や地層といった地学に興味があるならオススメの1枚。
恐竜の卵に入って記念撮影
東京・潮見のスイソミル(水素情報館)で「スイソミル×恐竜展」というイベントがあった。
https://www.tokyo-suisomiru.jp/pdf/201908_wakuwaku.pdf
小学校でチラシが配布され、もちろん息子から「行きたい!」とリクエスト。
行ってみましょう。せっかくなので「恐竜くんトークショー」も見ましょう!
行ってみると、入り口前で恐竜のロボが「グァー」と鳴きながら動いている・・・。
なかなか迫力がある。
そして、その横に恐竜の卵があり、中に入って写真が撮れるようになっていた。
子ども向けのものだが、大人も入れそう。
子どもはちょっとビビっていて入るのを躊躇。これは人間、というか生物としていい反応。無鉄砲に入っていって、危険な目に合うより、警戒しながら安全を確認するのは大切だ。
そのあと、他の人が何人か入って写真を撮っているのをみて、ようやく安全と思ったのか、恐る恐る入っていった。
卵に入って写真、いいな〜。
私も入ってみたい。写真撮りたい。
でも大人は誰もやってない。。。
結局、気持ちを抑えられず、入ってみた。
思ったより狭い・・・(子ども向けだから当たり前?)。
とはいえ、写真も撮れて、かなり満足。
さて、恐竜の卵は学術上大きさは長形が40cmくらいまでと言われている。
だから人間(しかも成人)が入れる大きさはありえない。
だけど、まだ見つかっていないだけで、もしかしたら大人の人間が入れるくらいの大きな卵もあったかもしれない。
まだまだわかっていないこと、見つかっていないことが多く、定説がひっくり返る可能性がある、というのは恐竜研究では当たり前のこと。
普段の生活だと、「常識」「これが普通」「一般的」という思い込みがあり、定説がひっくり返るなんて視点は忘れがちだ。
でも恐竜(研究)の世界をみていると、当たり前を当たり前と思わない、その視点に触れることができる。
この視点を持っているだけで、かなり毎日が楽しくなる。
恐竜について知ることは、視点を増やすことに繋がる。
恐竜図鑑の楽しみ方
子供が恐竜にハマる。すると、どんなことが起こるか。
多少の違いはあれど、どの家庭でも似たような道を辿るのではないだろうか。
我が家の場合、まず恐竜の番組(確かEテレの「ダーウィンがきた」だった)を見る。そしてその録画を何度も見る。
次に恐竜の図鑑を買う。初めは1冊だが、1冊じゃ飽き足らないので、そのうち何冊か買うことになる。
我が家にあるのは、小学館の図鑑NEO、講談社の動く図鑑MOVE、学研の図鑑LIVEの3冊。
有名どころの図鑑だと、他にもポプラ社の図鑑 WANDAもある。
そして我が家にある3冊は、親切にもDVDが付いている。
そしてこのDVDも何度もリピートして見る。
なかなかのハマりっぷりだ。
これに付き合っていれば、初めは「なんで同じ恐竜の図鑑を何冊も買うのか・・・」と意味不明と思っていた私も、それぞれの違いが面白いと思うようになる。
恐竜の色はあくまでもイメージに過ぎないので、それぞれの図鑑で色が違う。監修者や編集者が「こんな色だったのかなぁ」と決めているらしい。
(そして今は研究が進み、一部の恐竜はDNA解析で色がわかってきたとか。)
だから、違う図鑑を見比べることで「トリケラトプスはこの色」「ティラノサウルスはこの色」という思い込みを持たなくなる。思い込まず、いろいろな可能性を考えられるようになるのは見比べることのメリットだ。
イラストのポーズも違うし、DVDの内容ももちろん違う。
DVDの映像はNHKやBBCなどの素材を使って作られていて、CGのレベルは一流で子供向けだけにしておくのはもったいない。
そして解説は子供向けだからわかりやすいし、テンポがよくて飽きない。
その上、恐竜について学校で学んでないからほぼ初めて触れる知識で新鮮。
恐竜図鑑は大人が見ても十分に楽しめる本なのだ。
恐竜の生きていた時代や大きさなど、データの部分はどの図鑑も同じだが、解説に違いがあるし、豆知識やポイントの部分に監修者の特徴がでているように思う。
監修は研究第一線の先生方だから、まだ解明されていない部分のことについて研究者としての仮説が書いてあったりする。
今まさに解明のために研究が進められている内容について触れられるってすごく魅力的だ。
それは地球にすむ人類がまだ知らない地球の歴史なのだ。
地球が丸いということが今では常識だが、誰も知らなかった時代がある。
それと同じように、今は誰も知らないことがこれからの研究や発見によって明らかになり、未来では誰もが知っている常識となる。
そんな研究をしている過程を図鑑から垣間見れる。
何冊か見比べると、研究者の仲間になったような気持ちになり恐竜について語りたくなる。
だから子供と恐竜トークするようになって、ますます親子共々恐竜にハマってしまう。
親子の会話が増える、楽しくなる。
これも恐竜図鑑の楽しみ方の一つ。
世代と年代
ふと気になったことがある。
「世代」と「年代」。何気なく会話の中で使っているけど、どうして使い分けているのだろう。
ちょっと整理してみよう。
- 1800年代
- 1980年代
- 2000年代
世代と年代はリンクしているがイコールではない。
私自身、超氷河期世代で、1980年代生まれ。ロスジェネ世代などとも言われる。
何気なく使っているが、どんなときに「年代」「世代」を使っているのだろうか。
たとえば団塊の世代といえば、
団塊の世代(だんかいのせだい)とは、日本において、第一次ベビーブームが起きた時期に生まれた世代を指す。 焼け跡世代(あるいは戦中生まれ世代)の次の世代に当たり、第二次世界大戦直後の1947年(昭和22年)~1949年(昭和24年)に生まれて、文化的な面や思想的な面で共通している戦後世代のことである。(wikipediaより)
一方、1980年代といえば、
ファミコン、バブル、漫才ブーム、冷戦崩壊などいろいろな出来事がある。
「世代」と「年代」の使い分けをどうしているか、まとめてみよう。
世代
- 時間軸のくくりは厳密ではない。
- その時代にあった出来事の一つにフォーカスしていることが多い。
例:氷河期世代
年代
- 時間軸のくくりが厳密。
- 体験したこと、出来事を語るときに使われやすい。
地球の歴史を学ぶとき、地質で年代を見分ける。
地質年表というのがあって、これを見ていると自分の中の時間軸が拡大していくのを実感できる。
日本史、世界史とはまた違った視点に立てるのが魅力だ。
そこから「世代」「年代」という言葉に立ち返ると、より視界がクリアになる。
時代が抱える問題をわかりやすく表現するためのものが「世代」。
そして、年代はただの時間的な区切りであり、そこに含まれる意味はない。歴史の中の出来事を指し示すときに、1年単位ではなく10年、100年単位などざっくりした説明に使う。
そして自分が日常生活でどう使っているか振り返ってみると、確かにその通り。
「世代」を使うときは何かネガティブ、「そういう時代だから仕方ないよね」といった環境に原因を求める、皮肉、比喩的表現として。
けれども、ときにポジティブ。例えば、今では体験できないことを体験できた世代であることを自慢したいとき。
一方、「年代」は、そのときにあった歴史的事実として、説明として使っている。年代で語るときは、客観的な視点を持っているという意思表示としても有効だ。
「世代」という言葉を使うときは、そこに何を思うのか。
どういう背景、思いを抱いているのか。
ここに意識を向けると自分の気持ちを深掘りできそうだ。
何か思い込んでいないか、先入観を持っていないか、考えに偏りがないか、、、、
問いかけていける。
100億年ライフ
地球が誕生したのは約46億年前と言われている。
そして、今から約50億年後には太陽が膨張し、地球は太陽に飲み込まれると言われている。
太陽が膨張したら、50億年を待たずに地球上の温度が上がり過ぎて生物は生きられない環境になるはずだが、生きていようが絶滅していようが、どちらにしても50億年後には地球はなくなる(という予測だ)。
※これは地球は太陽系であり、太陽とほぼ同じ寿命ということから算出されている。詳しく知りたい場合はぜひ調べてみて。インターネットで検索するだけでもたくさんの情報が得られる。
地球が生まれて死ぬまで、ざっくり数えて100億年。
今は一生のうちの折り返し地点くらいか。
人間なら80歳まで生きるとして、40歳。アラフォー。そう、今の地球はアラフォー。
そう考えると、急に地球に親近感が湧いてきた。今の私とほぼ同年代。
50億年後にははどうせ地球がなくなるんだから、今何をしたって意味ない、と考えることもできる。
かつて「1999年に地球が滅亡する」というノストラダムスの大預言があった。
子供の頃、「それなら宿題なんてしなくていいじゃん。今、楽しいことだけやってりゃいいじゃん。漫画読んで、テレビ見よう。夜更かししちゃうぜ。」と思った。
でも、その大預言が外れた時のことを考えると、勉強せず、遊び呆けていた場合のリスクもある。
そして、今は1999年を超えて2020年が目前だ。
ノストラダムスの大預言に比べたら、50億年後に地球が太陽に飲み込まれて消滅するというのは、今の人類の最先端科学で計算されていることだから、信ぴょう性は高い。
そして、人間一個体の寿命で考えると長生きしても100年程度だから、まだ一生を全うする時間はある。
人間、つまりホモ・サピエンスという種の存続で考えると、どれくらいこの種が続くのか。
地球がハビタブルゾーン(生物が生存できる環境)にあるのはあと17億年くらいと言われている。
恐竜は1億6千万年間、地球上で繁栄した。
人類が地球上に誕生したのは、最初の原人で240万年前、ホモ・サピエンスはわずか20万年前だ。
たとえ1億年、繁栄できるとしても、地球がハビタブルゾーンから外れてしまう前には十分な時間。
人間はどれくらい種を存続できるのだろうか。1千万年、1億年、2億年、、、、
それは今の積み重ね次第ではないか。
自分の子供には、快適な環境で生きて欲しいと思う。
もちろん、その子供も、その次の子供も・・・。
そう考えると、たとえ50億年後に地球が消滅しようとも、生きる可能性がある限り、安心、快適な環境を維持したい。
そして、これまでの46億年とこれからの50億年のことを考えて、今現在、私のすべきことは何か、私にできることは何か、考えてみる。
一番に思いつくのは、快適な環境、それは温度や湿度、つまり気候のこと。そして衛生面。
それらに影響を与える、私にできるアクションは?
- ゴミの分別
- 節電
- 節水
- 環境を配慮した製品を選ぶ
- 食品ロスを減らす
他には?
私にできることを、一つずつ積み重ねていく。
それが100億年ライフ。